一角獣は夜に啼く

ただの日記です。

思ってることとか考えたこととか適当に書きます。 主にソフトウェア開発の話題を扱う 「ひだまりソケットは壊れない」 というブログもやってます。

読んだ : DEEP WORK 大事なことに集中する / カル・ニューポート 著

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法

元同僚が 「DEEP WORK」 という言葉を使っていたのが気になっていたので読んだ。

ディープ・ワークとシャロー・ワーク

原題にもなっている 「ディープ・ワーク」 は、著者の造語である。 対応する言葉として 「シャロー・ワーク」 というものもある。

ディープ・ワーク : あなたの認識能力を限界まで高める、注意散漫のない集中した状態でなされる職業上の活動。 こうした努力は、新たな価値を生み、スキルを向上させ、容易に真似ることができない。

シャロー・ワーク : あまり知的思考を必要としない、補助的な仕事で、注意散漫な状態でなされることが多い。 こうした作業はあまり新しい価値を生み出さず、誰にでも容易に再現することができる。

本書の内容

現代はコミュニケーションツールが充実しており、仕事中にもメールやチャットなどによる割り込みが多い。 SNS でのやり取りなどでも注意散漫にもなりやすい。 一方で、単純な作業は機械化されたりしていく中で、人の仕事としては、より集中力が必要なもの、深く考える必要なものが高い価値を発揮するようになってきている。

そのような状況の中でディープ・ワークが重要である、ということが前半で語られる。 後半ではディープ・ワークを実践するための方法が語られる。

個人的な体験として

個人的な体験としても、外界とのやり取りを断って物事に集中するのが効果的な状況があるというのは実感している。 大学受験前には、2、3 ヵ月ぐらいの間、朝起きて寝るまで、トイレや食事・風呂以外はずっと受験勉強をするということをしていたのだけど、あれはだいぶ効果があった。 (あまりにも効果があったのでそのあと受験勉強をやめてネトゲ廃人をしてしまったのは良くなかった。)

それから、個人的にソフトウェア開発をするときや新しい技術を学ぶときには、土日の間に時間を取って集中して取り組むことが多い *1。 「今週はこれを学ぶ」 とか 「これを作る」 などを決めたら、あとは集中してやり続ける、みたいな感じ。 これも集中できて効果があると感じる。

一方で、仕事において重要なことに集中できているかというとできてないよなぁ、というのは本書を読む前から感じている。 自分は、メールチェックをこまめにはしないとか事務作業でやらなくて良さそうなやつは放置するとか、わりとシャロー・ワークを避けてる方ではあると思うんだけど、やっぱりなんだかんだでシャロー・ワークは多い。

本書では、知的労働者が生産性の代わりに多忙であることを示しがちであることが下記のように述べられている。

社会評論家、マシュー・クロフォードは述べている。 「マネジャーたち自身、精神的に混乱した状態で生きており、果たさねばならない漠然とした責務に心を悩ませている」

クロフォードは特に知的労働に従事する中間管理職の苦境を述べているが、「精神的な混乱」 はこの部門の多くの職業に当てはまる。 (中略)

多くの知的労働者にとって、同様の現実が問題を生んでいる。 彼らは生産力あるチームメンバーで、生活費を稼ぎだしていることを示したいと思っているが、そのために必要なものがはっきりとはわかっていない。 彼らには自分の価値の証となる、上昇していくエイチ指数や修理済みのオートバイを並べたラックはない。 個の隔たりを埋めるため、彼らは生産力がもっと広範に見られた最後の時代、つまり工業の時代に戻っていくように見える。

生産性を示すことの代用としての多忙に陥らないように気を付けているつもりではあるけど、やらなくていい作業とか手を抜ける作業とかがもっとあるだろう気もするし、大事なことにもっと集中するようにしていきたい。

*1:最近あんまりできてないけども……。

読んだ : ポリアモリー 複数の愛を生きる

ちょっと前にポリアモリーについて書かれた web 記事を読んでからポリアモリーについて気になってたので読んだ。 著者は一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程在籍 (執筆当時) の深海菊絵氏。 専攻は総合社会科学、人間行動研究分野 (社会人類学)。

新書777ポリアモリー 複数の愛を生きる (平凡社新書)

新書777ポリアモリー 複数の愛を生きる (平凡社新書)

本書は、深海氏によるアメリカでの 14 ヵ月にわたるポリアモリーについてのフィールドワークで得られたデータや事象がまとめられたものである。 ポリアモリー実践者へのインタビューやポリアモリー・グループへの参与観察が扱われている。

私はこの間までポリアモリーという概念を知らなかったので興味深かった。 モノガミー社会に生きる我々の中にはモノアモリー的な倫理観に疑問を持たずに生きている人も多いと思うので、本書を読むことで新しい視点を得られるのではないかと思う。

ポリアモリーとは

本書では次のように説明されている。

ポリアモリー (polyamory) という語は 1990 年代初頭にアメリカでつくられた造語であり、ギリシア語の 「複数」 (poly) とラテン語の 「愛」 (amor) に由来する。

『オックスフォード英語辞典』 では、ポリアモリーを 「同時に複数のパートナーと感情的に深く関わる親密な関係を築く実践。 全てのパートナーの合意に基づいて、性的なパートナーを同時に二人以上持つ実践」 と定義している。

しかし、「ポリアモリー」 の定義は一通りではなく、マニュアル本やポリアモリー・グループによってさまざまである。

反対に <一対一> のパートナー関係を是とする実践をモノアモリーという。 似たような概念として、社会制度上の婚姻に関して単婚 (一夫一妻) をモノガミー、複婚 (一夫多妻や一妻多夫など) をポリガミーという。

ポリアモリーを特徴づける 4 点として、次のものが挙げられている。

  • 合意に基づくオープンな関係 : モノガミー社会においてはパートナーに他者を好きになったということを伝えることは基本的にないが、ポリアモリーでは 「大切な人であるパートナーに嘘をつくべきではない」 という思想で 「あなた以外に愛する人がいます (愛する人が現れる可能性があります)」 ということを伝える。 この考えが、ポリアモリーの条件である 「オープン (開かれた関係)」 の根底にある。
  • 身体的・感情的に深く関わりあう持続的な関係 : 単に性的な関係を目的としているわけではなく、あくまで愛する特定の人と持続的に親密な関係を築くことを目指す。
  • 所有しない愛 : モノガミー社会では、パートナーに対して 「自分だけを見て欲しい」 と願うように、パートナーを束縛したりパートナーを所有しているとみなすような関係もあるが、ポリアモリーではパートナー関係を 「所有すること」 とは別だと考える。 さらには、パートナーを所有しようとする行為はお互いの成長を邪魔する危険があると考える。
  • 結婚制度に囚われない自らの意志と選択による愛 : モノガミーやポリガミーといった社会制度 (や、それによって生じる社会規範) を漫然と受け入れるのではなく、自分の意思で付き合う人数を決めることが大切。

上記を満たすような人であれば、<一対一> のパートナー関係を選択していてもポリアモリーに含める場合もあるらしい *1。 実際のところ、<一対一> のパートナー関係においても上記の思想は有用であると思う。

ポリアモリーについては下記ページも参考になる。

気になったことなど

書籍を読んで気になったこと。

ポリアモリストの特徴 (セクシャリティと宗教)

2 章でポリアモリスト *2 の特徴が述べられている。

その中で、ポリアモリストのセクシャリティの割合が述べられていた。 最も多いのはバイセクシャルで、調査対象のポリアモリストのうち 50 % 以上の人が該当したとのこと。 理由としては、バイセクシャルの人が特にポリアモリーな関係性を望みやすいのであろうと考えられていた。 実際、バイセクシャル研究を行っているペイジによる調査では、サンプル数 217 のうち、33 % がポリアモリー的な関係を築いており、54 % がそのような関係を理想であると答えていると報告されているとのこと。 (ほかのセクシャリティとの比較はないが、実際に多いんだろうという気はする。)

宗教でいうと、調査対象全体のうち 30 % をペイガンという宗教が占めている。 ペイガンは 「異教徒」 を意味し、キリスト教以前の多神教や自然崇拝を特徴とするらしい。 また、29 % は無宗教とのこと。 調査対象のうち、生まれそだった環境の宗教はキリスト教が 81 % を占めていることを考えると、キリスト教の教義的にポリアモリーは相性が悪いんだろうなという気はする *3

ペイガンの中には 「ウィッカン」 という女神崇拝をする人々もいるらしい。 ウィッカンの倫理は 「誰も害さない限りにおいて、望むことを行え」 というもの。 良い教義。

ポリアモリーに必要なもの

実践者によると、「理性」 「知性」 「コミュニケーション能力」 が必要とのこと。

理性とは、善悪を判断し、道徳や義務の意識を自らに与えるもの。 モノガミー社会における善はパートナーだけを愛することであり、悪はそれ以外の人と関係を持つことであるが、ポリアモリーの文脈においては、善悪の判断は自分が関与している関係において、自分の行動が良いかどうか。

また、ポリアモリーを実践するうえで問題になることへの対応や、モノガミーを規範とする社会で生きていくうえでの知識・知性が必要。

ポリアモリーじゃないけど社会規範とずれてるとあらぬ誤解を与えることってあるよなー、というのは思う。 昔、同性の人とわりとスキンシップしてたことがあったんだけど、そのせいか 「同性愛者だと思ってました」 って言われたことがあってそれからちょっと気を付けてるみたいなのはある。 (まあどう思われてもいいと言えばいいんだけど。) 一方で 「その社会規範 (だったり感性だったり) がおかしいんじゃないの?」 と思うこともあってバランスのとり方が難しい。

メタモア

ポリアモリーでは、愛する人が愛する自分以外の存在を 「メタモア metamour」 と呼ぶ。 メタモアは、愛する人を共有する相手でもある。

嫉妬とコンパ―ジョン

調査によると、ポリアモリーの 80 % の人がポリアモリー実践の中で嫉妬を経験したことがある。

これまでの人類学の感情研究より、感情は普遍的なものではなく社会の構築物であることがわかっているとのこと。 例えば、トルコでは、嫉妬するということは相手に入れ込んでいる証拠であり誇らしいものであるという、肯定的なとらえ方をする。 一方で古代の日本では嫉妬は相手を死に至らしめる呪術的なものであると考えられており、あまり表出されなかった。

ポリアモリーのマニュアル本やワークショップでも、この人類学の知見がしばしば引用され、嫉妬は社会によって作られ、社会によって異なるものである、ということが伝えられるらしい。 そのため、ポリアモリーの人たちは 「嫉妬とは何か」 という根源的な問いを出発点に、そのうえで嫉妬とうまく付き合っていく方法を模索している。

アナポールのマニュアル本では、嫉妬は 「独占欲からの嫉妬」 「疎外感からの嫉妬」 「ライバル意識からの嫉妬」 「エゴからの嫉妬」 「不安からの嫉妬」 の 5 つに分類されている。 ポリアモリーの関係においても、一番多い嫉妬はパートナーとの関係が解消されるのではないかという 「不安からの嫉妬」 らしく、なかなか興味深い。 トライアド *4 の関係においては、普段は 3 人で過ごしているのに、2 人だけでどこかで出かけられたときに 「疎外感からの嫉妬」 を感じたりするとのこと。 仲良くしてほしい。 (トライアドはバランスが結構むずそうだなー、って気はする。)

嫉妬と正反対の感情としてコンパ―ジョン (造語) がある。 愛する者が自分以外のパートナーを愛していることを感じたときに生じるハッピーな感情、らしい。 わかる。 みんな幸せになって欲しい。

自分は愛する人が幸せだったら別になんでも良いという感じの人間なので嫉妬というものはあんまりわかんない *5 んだけど、自分自身とうまく付き合っていきましょうという感じがする。

タントラ

本書によると、タントラとは 「己に目覚めるための現実的な方法」 らしい。 「道を拡げる方法」 とも。 本来の意味としては 『シバ神妃の性力 śakti を崇拝するヒンドゥー教シャクティ派の聖典』 (タントラとは - コトバンク) っぽい。 『インドの宗教を専門とする松永有慶によると、タントラの目的は、己を中心に世界が展開していると考える自己中心的な視点を破棄し、宇宙中心の視点に転換すること』 らしい。

ポリアモリーのマニュアルでタントラに言及されていたり、ポリアモリーの先駆者たちがタントラを実践しているなど、ポリアモリーには何らかの形でタントラの精神が浸透している。

タントラは頭での理解よりも実践を重視するもので、ヨガの実践もその一つ。 瞑想によって本源的な自己の探求を目指すとのこと。 嫉妬を感じたときにヨガを行うポリアモリー実践者もいる。

タントラは 「いまここ」 を重視する思想であり、現在自分を取り囲んでいる生の営み全てに目を向けさせる。 ヨガの実践により、自分の身体で 「いまここ」 で起こっていることを感じ、理解し、受け入れていく。 また、生の営みの中には性の営みも含まれていて、セックスを肯定的にとらえている。 タントラでは性エネルギーは神聖なものであり、性行為は人間が自身に目覚める上で役に立つ、と考える。 性行為を通して高次のエネルギーを引き出し、意識を拡大する術を教えているらしい。

タントラ、気になる。

BDSM とポリアモリー

ラヴィング・モアの 「ポリアモリー調査」 によると、ポリアモリストのうち BDSM *6 実践者な人は 30 % を占めているとのこと。 BDSM 実践者でポリアモリーを実践する人が現れる理由として、BDSM パートナーとライフパートナーが必ずしも一致しないから、と書かれている。 それはそうだろうなぁ。

一方で DS 関係 (SM 関係) は基本的に一対一を前提としているため、ポリアモリーを快く思わない BDSM 実践者もいるとのこと。 BDSM ポリアモリーでは主人や奴隷が複数になってしまうため、関係における個々の役割がわかりにくくなったり、自分の奴隷に複数の主人がいることに対して悲しみを感じたりその逆のパターンもある。

さらに BDSM ポリアモリーでは、 嫉妬問題においても複雑になる。

BDSM 実践者のなかには、セックスよりも BDSM 行為に意味を見出す人びとがいる。 そのような人びとにとって、自分の BDSM パートナーが誰かとセックスすることよりも、自分以外の人と BDSM 行為をすることの方が耐えられない。 それは、わたしとあの人の関係だからこそ BDSM 行為ができる、という認識から生じている。

BDSM 関係は精神面を重視するから、確かに BDSM パートナーとの関係が複雑になるとややこしいことになりそう。 前半で言われている BDSM パートナーとライフパートナーを分けるという意味でのポリアモリー実践ぐらいが順当な気がする。

あと DS 関係の支配・被支配とポリアモリーにおける所有しないパートナー関係の概念が対立しないのか (対立すると思う) はちょっと気になる。

ポリファミリー

ポリアモリストによって構成される、成人 3 人を最小単位とする家族をポリファミリーという。 本書に書かれている事例を見ていくと、どの家族も家族内でのコミュニケーションを重視して、役割分担やお金の使い方などを話し合っている。 これはおそらく、ポリファミリーの型みたいなものは決まっておらず、ポリファミリーごとにそれぞれの最適な形は異なっているために暗黙的に落ち着くことがなくて明示的に相談する必要があるってことなんだろうなぁと思う。

逆に単婚の 2 人で形成される家族の場合には型があるように感じている人が多くて暗黙的に役割分担などをしてしまっている状況もあると思うのだけど、実際のところは単婚でも家族によって最適な形は違うから、本質的には単婚の家族でもポリファミリーでもやるべきなことは変わんない気はする。

あとポリファミリーとは関係ないけど、家事育児と仕事の分担を 2 人の成人でやるよりはさらに大人数でやった方が効率的だし、単婚家族でも複数ペアが集まって家族を形成するのはありなのでは? という気がした。 信頼関係を結べるのかどうかみたいなところが難しい気もするけど。

おわり

別に自分はポリアモリー実践者というわけではないけど、思想的な部分で共感するところも多かった。 最初の方でも書いたように、<一対一> の関係においても 「オープンな関係」、「身体的・感情的に深く関わりあう持続的な関係」、「所有しない愛」、「結婚制度に囚われない自らの意志と選択による愛」 というのは有用ではないかと感じた。 パートナーが複数であるかどうかは重要ではなくて、そこらへんは各パートナー同士で相談すればええんやと思う。

ポリアモリーが性質ならモノガミーだって性質でしょ - ←ズイショ→』 にいいことが書かれてるんだけど、モノアモリー的な価値観が一方的に押し付けられるべきものでないのと同様にポリアモリー的な価値観も一方的に押し付けて良いものではないので、モノアモリー的価値観を持つ人間を無自覚に抑圧するという状況もないように気を付けて生きたい。

*1:それはそれでややこしいので本書では複数の関係性を持つ (あるいは持つ可能性を考えている) 人だけをポリアモリーの実践者としている。

*2:ポリアモリーの実践者。

*3:本書では特に言及されていないが。

*4:3 人が互いにパートナー関係になっているポリアモリー関係。

*5:昔のパートナーに 「(パートナーが異性と出かけることに対して) 嫉妬しないのは愛してないからじゃないのか」 って言われたのを思い出してしまった……。 そういうわけではないんや。

*6:B は Bondage (捕らわれの身)、D は Discipline (主従関係における懲罰)、S はサディズム、M はマゾヒズムを意味する。 Dominance (支配) と Submission (服従) の頭文字から DS 関係とも。

読んだ : 一人になりたい男、話を聞いてほしい女

パートナーがうちに置いていったので読んだ。 『ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた』 (多分読んだことある気がする) の続編らしい。 著者は心理学博士で、結婚・恋愛を専門としたカウンセラーのジョン・グレイ氏。

一人になりたい男、話を聞いてほしい女

一人になりたい男、話を聞いてほしい女

原題は 『Beyond Mars and Venus : Relationship Skills for Today's Complex World』 となっていて、火星人や金星人 *1 といった紋切り型の役割分担における男女関係ではない、現代の複雑な社会における 1 対 1 の人間関係について語られる。 「現代は男性や女性といった属性でくくるのではなく個々人を尊重する時代である *2」 という前提のもとで、「生物的に男と女でホルモンバランスは違っていて、ストレス軽減のために必要となる行動は違う (それも個々人での差異はある)」 ということが主旨である。

パートナーとの人間関係について悩んでいる人はもちろん、個人として仕事とプライベートのバランスのとり方やストレス解消について知りたい人にもおすすめである。

気になったことなど

ストレス軽減とホルモンの話

男はテストステロンが多く、女はエストロゲンなどのホルモンが多い。 男女とも、自立や問題解決といった行動をすることでテストステロンが分泌されて気分は良くなるし、信頼や共生、世話といった行動をすることでエストロゲンが分泌されて気分が良くなる。 しかし、ストレス軽減という点では、男はテストステロンを増やす必要があり、女はエストロゲンを増やす必要があるらしい。 「女性が仕事などをしてテストステロンが増加する状況になっていたら、プライベートではエストロゲンなどを分泌するような行動をしてホルモンバランスを取ることが大事」、「逆に男性が主夫などをしていてエストロゲンなどが分泌されやすい状況なのであれば、別途テストステロンを増やす行動をとることが大事」 ということが書かれていた。

テストステロンを高く保ちながらオキシトシン分泌をすることも可能、って本書の後ろの方には書かれていたけど、具体的な話はどれかわからなかった。

ノルウェーのパラドクスの話

生物的に男女の適切なホルモンバランスは違っていて、ホルモン分泌のための行動も違っているわけだけど、ジェンダー差異がないことを目指している社会 (男と女で異なる役割を担うことを善しとしない社会) だと男女それぞれにとって適切なホルモンバランスのための行動が取りづらくストレス軽減ができない場合がある、という話が興味深い。

ノルウェーは、世界でもっとも男女平等が進んだ国だとされている。 だがこの国のカップルも、パートナーへの情熱が失われるという問題に悩んでいる。 離婚率は高く、独身者も多い。

この国では男女の役割分担は職場でも家庭でも平等であることが望ましいとされ、生物学的な違いを除けば、“男女は異なる存在だ” という考えを示すのは社会的に不適切だと考えられている。

ノルウェーのように男女平等が進み、選択の幅が広い社会では、あらゆる職業で男女の比率が同じになるはずだと思うかもしれない。 だが実際には、男女ともに従来型の男らしさや女らしさが求められる職業を選択する率が高い。

たとえば、幼稚園や小中学校の教員、清掃や看護などの職業では女性が、建設労働者、運転手、技術者、エンジニアなどの職業では男性の比率が高い。

これは、「ノルウェーパラドックス」 と呼ばれている現象だ。 従来型のロールメイトの関係から解放され、好きな職業を選択できる自由が増す一方で、多くの人々が伝統的な男女の役割に基づいた職業を選択しているのだ。

その理由はバランスだ。 ノルウェーでは、家で女性が女らしく、男性が男らしく振る舞うことが推奨されていないので、男性は外では伝統的な男らしい仕事を、女性は女らしい仕事をしてバランスをとろうとしているのだ。 逆にインドのように家で女らしく振る舞うことを求められている国の女性は、家の外では男性的な仕事をすることに意欲的だということがわかっている。

ノルウェースウェーデンの離婚率が高いのは事実だとして、そのデータだけでは 「社会保障が整っていて、各自が生きやすい生き方を選択しているだけ」 なのか、本書が言うように 「ジェンダー差異のないパートナー関係ではストレスを感じる人が多い」 のか、どっちが支配的なのかわからないけれど、いずれにせよ 「家庭でのパートナー関係において男女で役割の差異があるべきではない」 みたいなのを社会から要請されるのは違うよなぁという気はする。 性差や LGBT にまつわる問題のうち生きづらさに関する部分は 「生き方のステロタイプが社会に存在して、それに沿わない人間に対する圧力があること」 「他者の生き方への干渉を行う存在」 が原因として大きいと思っているので、社会として男女平等を掲げること自体は良いことだけど、役割分担について社会が個々の関係性に干渉してくるのでは生きづらさは変わんなさそう。

真の男女平等とは、違いを認め、尊重すること。 “男と女は同じ生き物だ” と考えていると、相手への理解や感謝が難しくなる。


男は洞窟タイムでテストステロンを回復する

男はテストステロンではなくエストロゲンが急上昇したときに怒りっぽくなる傾向があるらしい。 ストレスを感じるとテストステロンが減っていくので、その時には 1 人で自分の殻に閉じこもってテストステロンが増えるような活動をしてテストステロンを回復させると良い。 テストステロンの分泌に繋がる活動は下記のようなもの。

意思決定、努力とハードワーク、問題解決、プロジェクトに取り組む、効率的な行動、学習、能力開発、リスクを取る、得意なことをする、成功、勝利、競争、スポーツ、性的な行為、恋愛、相手の話を聞く、調べ物をする、車の運転。

リラックスしたストレスのない状況で、20 分から 30 分ほどテストステロンを刺激する活動をすると十分に回復できるらしい。

オキシトシン

男女ともに、オキシトシンは愛情や信頼、安全に関わる。 そして、オキシトシンはテストステロンを低下させる。

男の場合、オキシトシンでテストステロンが低下すると眠気が強まったりストレスが増えたりするし、性欲が低下することもある。 (もともとテストステロンが非常に強い場合は問題ないとのこと。)

女の場合は、オキシトシンはストレスホルモンのコルチゾールを下げる作用があり、ストレス低減に役立つらしい。 ストレス低減の効果は、エストロゲンレベルが高いほど高くなる。

オキシトシンを増やすには、非性的な肌の触れ合いが重要らしい。 また、愛情や思いやりを伴う行動、気持ちを分かち合うことでも増える。 パートナーに話を聞いてもらうだけでも効果がある。

月経周期とホルモン

女性の場合は、ストレスを減らし、幸福度を高めるのに関係するホルモンは 4 種類。 上に出てきたエストロゲンオキシトシン、テストステロン、それからプロゲステロン

エストロゲンは女性の生殖器を司る主要なホルモン。 オキシトシンは上に書いたような愛情や信頼のほか、女性においてはスムーズな出産や母乳の出、性的な興奮や反応性を高めてオーガズムを向上させることや睡眠の質に関わる。 オキシトシンエストロゲンは、何かを与え、代わりに何かを得るという持ちつ持たれつの関係 (つがいの関係) の中や、協力や協調といった行為で分泌されやすい。 男女の関係に限定されず、お店などで料金を払って対価を得るなども含まれるらしい。 (とはいえ恋愛関係で特に分泌されやすいとのこと。)

プロゲステロンエストロゲンに対してホルモンバランスを保ち、妊娠できる能力を維持する。 エストロゲンは脳を興奮状態にし、プロゲステロンは脳を落ち着かせる。 プロゲステロンは 「仲間の絆」 (パートナー以外との男女との親しく友好的な交流) を感じるときに分泌されやすい。 (同じ活動でも状況によって仲間との絆にもつがいの絆にもなり得て、それによって分泌されるホルモンも変わるらしい。) また、ストレスのない状態で自分が幸せを感じたりするための活動をしてもプロゲステロンは分泌される。

これらのホルモンバランスは月経周期に合わせて変化するため、月経周期に合わせて行うべき行動も変わってくる。

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  • 月経終了後の 5 日間 (フェーズ 1) は、エストロゲンとテストステロンが自然と増える時期で、この時期には外で仕事をする (テストステロン増加) とか家で育児をする (エストロゲン増加) などの行動が効果的らしい。 上の図だとテストステロンが増える時期はフェーズ 2 になってるけど、文章的にはフェーズ 1 が正しいっぽい?
  • 次の 5 日間 (フェーズ 2) が排卵期の前後にあたり、エストロゲンが普段の 2 倍になり、オキシトシンもピークに達する。 この時期にストレス低減に最も効果があるのはオキシトシンなので、パートナーとの時間が効果的。
  • その後の月経周期の後半から月経中の約 2 週間の間は、ストレス低減のためにプロゲステロンとわずかなテストステロンが重要。 なので、仲間との時間や自分のための時間をしっかり確保することが効果的。 パートナーに愛情を注ぎすぎて自分のための時間を確保できないというのは避けるべき。


おわり

本書の中で述べられている研究結果などについて特に参照が付いてないのでどこまで信用できるのかはちょっと微妙なところもあるけれど、ホルモンの働きとストレスや人間関係についてわかりやすく書かれていて良い本だった。 人間関係において重要なのは相手を尊重すること (属性で相手を規定しないこと) ではあるが、一般論として生物的にどういう状況でホルモンバランスがどう変化するのか、ということを知っておくのは有意義だと思う。 人間関係だけでなく、自分自身がストレスとどう向き合うかを考える上でも役立つ内容だった。

*1:『ベスト・パートナーになるために』 では、女は火星人 (協調性があり家庭的、というようないわゆる女性的な人)、男は金星人 (仕事での成功を求める、というようないわゆる男性的な人)、と説明されていた。 本書では、男でも火星人のような人もいるし、女でも金星人のような人もいる、という風に説明されている。

*2:少し前は、男が仕事をして、女が子育てをする、という役割分担の関係 (ロールメイト) で十分であったが、現代では男も女も欲求の次元が上がっており、お互いに心を満たしてくれるソウルメイトの関係を望んでいる。

読んだ : 痴女の誕生

いつかの誕生日に貰ったのだけどなかなか読み進めずに今までかかってしまった。

本書は、アダルトメディアにおける 「美少女」 「熟女・人妻」 「素人」 「痴女」 「ニューハーフ・男の娘」 という 5 領域の誕生や発展の過程が書かれている。 著者は、ライター・アダルトメディア研究家の安田理央氏。 対象になっているメディアは AV をはじめ、エロ本やエロ漫画、性風俗産業やインターネットなど。

1950 年ごろの話から最近の話題まで、数十年の歴史が詰まっている。 古い話題については (自分が生まれるはるか前だから) それこそ 「歴史」 という感じ。 最近の話題 (具体的に言うと大島薫さんについてなど) については 「こういう背景があったのかー」 みたいな気持ちになりながら読んだ。

基本的に知らない世界の話なので全体的に興味深い。 メディアが人々の好みに影響を与えてきたということだったり、逆に人々の好みによってアダルトコンテンツの中身も変わってきたという事例も描かれているので、メディアと人々との相互作用の事例としても面白かった。

特に面白かった話

読んでいて面白かったのは 「素人」 の章で、写真の現像の話。

「ちょうどこの頃、『写ルンです』 みたいな簡易カメラが発売されてるんですよ。 それで写真を撮る人が一気に広がった。 彼女とディズニーランドに行って、フィルムが余ってたらその後のホテルでも、つい撮っちゃうでしょう (笑)。 でもモロな写真は撮っても街のカメラ屋じゃ現像してもらえない。 だから、うちの雑誌ではプリントして返却しますよって投稿が一気に増えたんですよ」 (『ニャン²倶楽部』 夏岡彰編集長 週刊プレイボーイ 2012 年 12 月 3 日号)

こういうのってやってる本人は困ってるけど普通に生活してる人にとっては全然見えない不で、ニッチと言えばニッチだけどそこを解決することで一定の市場獲得に繋げられるんだなー、ということを思った。 (一般論としては普通の話ではあるけど事例としてめっちゃ面白かった。)

「ニューハーフ・男の娘」 のところでは、鶏姦という言葉を初めて知った。 1955 年の調査で、女装に目覚めたきっかけに対する回答に 「戦時中軍隊で上官から鶏姦されてから」 というものがあったという話。 獣姦的なやつかと思って 「???」 ってなったけど、調べたら男子同性間猥褻行為とかそういう感じっぽい。

けい かん [0] 【鶏姦▼】
男の同性愛。 男色。

鶏姦(けいかん)とは - 鶏姦の読み方・隠語辞典 Weblio辞書

明治時代には鶏姦罪という、アナルセックスを禁止する法律が制定されていた時期もあったらしい。 なかなか厳しい時代だ……。

鶏姦条例ができたきっかけは、明治5年白川県(現熊本県)より司法省に「県内の学生が男色をするが勉学の妨げなどになり、どのように処罰すればよいか」との問い合わせがあったことだったといわれ[42]、南九州で盛んに行われていた学生間の男色行為を抑えるためだった。但し男色(同性愛)自体は禁止されたわけではなく、薩摩藩などでは男色は引き続き行われており、事実上はザル法化していた。また実際に適用された事例も青少年間ではなく、刑務所における囚人同士や女装者が関わるものがほとんどで、鶏姦された側、即ち「女」として男根を受け入れた側が罰せられている。このように男色行為でも姦通される側が犯罪視され、姦通する側はほとんど逸脱とは意識されておらず、社会的にも許容されていたとされる[43]。

日本における同性愛 - Wikipedia

それと、「ニューハーフ・男の娘」 に関して、クンニを敬遠する男が多いという話題で出てきた下記の話。

しかし驚かされたのは、取材を進めているうちに 「女にクンニするよりも、男にフェラする方がマシだ」 という意見が出てきたことだ。 最初はそれは極端な意見だと思っていたのだが、意外に賛同する人も多かった。
男性器の方が、女性器よりも清潔だから、舐めるのに抵抗がない。 そうした理由もあるが、むしろ男性器が好きな男性が多いということがわかってきた。

この理由として、大島薫さんが語るミラーニューロンの話が挙げられていた。 大体下記のような感じ。

大島は、この「ギャップ」が男の娘の魅力だと語るが、もうひとつ外せないものに「ミラーニューロン」があるという。

〈これはイタリアにあるパルマ大学のジャコーモ・リッツォラッティらの研究によって、1996年に発見されたもので、例えば、物を掴んだり、操作したりする際に活発に作用する神経細胞です。霊長類には、自分で行動していなくても、他人が何かを動かしたりしている様を見て、あたかも自分がその動作を行っているように感じる能力が備わっています。それを担うのがミラーニューロンです。
 これは女装男子を見る場合に当てはまります。
 画面の向こうの女装男子が、男性器をシゴくのを見て、こちらまでその感覚が伝わってくる。そんな「共感のしやすさ」のようなものが、男性が女装男子に興奮する要因の一つになっている気がするのです〉(前掲『ボクらしく。』より)

同様の指摘は、『女装美少年』なるAVシリーズを手掛けた、ふたなり系AVの第一人者でもあるAV監督・二村ヒトシからもなされている。

〈ぼくにはおまんこが味わっている快楽は味わえないが、ちんぽの快楽は熟知している。(中略)感情移入しやすい。われわれ男は、ゲイでなくても、じつはちんぽが大好きなのだ。それは“自分自身”だからだ〉(「ユリイカ青土社/2015年9月号)

(2ページ目)チンポのあるAV女優・大島薫が語る男の娘AVの魅力…それは健康的で勃起力の強い、大きな男根にある!?|LITERA/リテラ

一理あるとは思うけど、個人的な実感としては画面の向こうの存在が男性であれ女性であれ、興奮に対する共感しやすさのようなものってそんなに変わらないと思っているので、結構意外だった。 (共感的な作用って犬とか猫みたいに明らかに自分と姿形が異なる存在に対しても発揮されると思うので、そんなに男性器を求めなくてもいいのでは?? という気がしている。)

関係ないけど、女性がクンニ好きで男性がニューハーフ好き、みたいなのは 「FANZA REPORT」 にも表れていて面白い。

special.dmm.co.jp

おわり

という感じで面白い話がいろいろ書かれている。 どういう人におすすめかと言われると困るけど、アダルトメディア・アダルトコンテンツ・性産業などに興味があったら読むと良さそう。

読んだ : NETFLIX の最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

読んだ : トラスト・ファクター 最強の組織をつくる新しいマネジメント - 一角獣は夜に啼く』 でも言及したように、最近読み終わった。

NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

自由と責任、ひいては自律的であることの重要性は 『トラスト・ファクター 最強の組織をつくる新しいマネジメント』 や 『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』、『チームが機能するとはどういうことか』 など様々な書籍で言われていることではあるのだけれど、実際に NETFLIX でどういう取り組みをしたのかというのが描かれている点と、業績に重きを置いているのが本書の特徴だと感じた。 また、人事目線での書籍は初めて読んだのでその点で (自分としては) 新鮮であった。

本書の著者は、NETFLIX の 『カルチャーデック (Culture Deck)』 (会社の哲学と、経営陣が実践してほしいと望むことがまとめられた文書) の作成者のひとりでもある。 本書とあわせて 『カルチャーデック』 も参考にするとよい。

tkybpp.hatenablog.com

印象に残ったところ

  • ネットフリックスの文化は、人材管理の手法や方針を次々と廃止していって形成された。 従来型のチーム構築や人材管理の手法は時代遅れになっている。
  • 人事考課連動型のボーナスと給与、生涯学習のような仰々しい人事施策、仲間意識を育むための楽しい催し、業績不振の従業員に対する業績改善計画 (PIP) などの取り組みが従業員の力を引き出し (エンパワメント)、やる気を促し (エンゲージメント)、仕事に対する満足度と幸福度を高めることができ、それが高い業績に繋がるという思い込み
    • お金と時間がかかるうえ、本来の業務の妨げになる。
    • 最終目標が顧客サービスの向上ではなく、やる気を高めることそれ自体になりがち
  • ビジネスリーダーの役割は、すばらしい仕事を期限内にやり遂げる、優れたチームをつくること
    • 従業員の忠誠心を高め、会社につなぎ止め、キャリアを伸ばし、やる気と満足度を上げるための制度を導入することは経営陣の仕事でも何でもない。
  • 6 ヵ月後に高い業績を上げるために必要なチームはどういうチームか? ということを出発点にチーム構築を行う。
    • 今のメンバーを出発点にはしない。 それでは理想的なチームにならない可能性がある。
    • 業績にとってベストだと思えば社内の人を開発・登用すればよいし、社外から採用すべきであれば迷わずそうしよう。 会社が目指す未来に高業績を上げられない人に投資するのは会社の仕事ではない。
  • ネットフリックスにおける人材管理に関する 3 つの基本方針。
    • 優れた人材の採用と従業員の解雇は、主にマネジャーの責任。
    • すべての職務にまずまずの人材ではなく、最適な人材を採用するよう努めること。
    • どんなに優れた人材でも、会社が必要とする職務にスキルが合っていないと判断すれば、進んで解雇すること。
  • 仕事に対する満足感は、優秀な同僚と問題の解決に挑戦することや、懸命に生み出した製品を顧客が気に入ってくれたときにこそ得られる。
    • 従業員特典が真の満足度につながるわけではない。
    • 採用面接においても、お金の話をしがちな人は採用を見送るようにしていた。
  • 人を採用したい部署のマネジャーが採用に責任を持つ。
    • 業績をあげるためにチームを作るのはマネジャーの責任。
    • 人事の採用チームはマネジャーを指導し、サポートする。
  • 採用面接は他のどんなミーティングよりも優先する。
    • 候補者も貴方を評価している。 たとえ候補者を不採用にするにしても、候補者の隣人が採用すべき人かもしれない。
  • 採用チームもビジネスマインドを持つ必要がある。 事業構築の重要な貢献者という立場。
    • 採用チームが仕える相手は採用を担当するマネジャーではなく、ネットフリックスの顧客である。
  • 人事考課と報酬制度を分離する
    • 市場水準の一定のパーセンタイル (65 パーセンタイルなど) を給与水準とするような会社が多いが、そうではなくトップレベルの給与を支払うべき。 そもそも市場の他の仕事と自社の仕事を厳密に比較することは難しいし、65 パーセンタイル程度の給与水準では欲しい人材を得られないことが多い。 トップレベルの給与水準にすることでこそトップレベルの人材を獲得できる。
    • 会社のすべての職務に対してトップレベルの給与を払えないなら、まずは会社の価値を大きく高められる人にだけでもトップレベルの給与を支払うべき。
    • 透明性を高めるべき。 報酬に関する情報を従業員と共有することで、給与に関してより良い判断を下し、偏見を減らし、様々な業務の業績への貢献について正直に話し合うことができる。
    • (ということが書かれていたが、結局のところ人事考課と報酬制度を分離するということの意味することをいまいち捉えきれなかった……。 業績への貢献と市場でのトップレベルの給与水準をもとに給与を決めろ、という話のようだが、業績への貢献を評価するのが人事考課ではないのか? 人事考課では業績への貢献を評価できない、ということなのか??)
  • 人事考課はフィードバックの期間としては長すぎる。 人事考課を廃止して、より短い期間でのフィードバックの繰り返しをすべき。
  • ハイパフォーマーはすべてがうまくいって満足しているというよりは、むしろチームの働きぶりに不満を持っていることが多い。
    • 成果を強く求めるからこそ。
    • 従業員に持ってほしいのは最高を追求する姿勢であって、まじめに働きさえすれば会社が守ってくれるだろうという安易な気持ちではない。
  • どんな人も、情熱のもてる仕事に好きなやり方でとりくめるように、社内外でいつでも動けるようにしておくべき
    • また、十分な業績をあげていないなら、それを素直に知らされる権利がある。 そうすればすぐに行動を改めたり、新しい会社に移ったりすることができる。
  • 積極的に解雇する。
    • 「その人が情熱と才能を持っている仕事は、うちの会社が優れた人材を必要とする仕事なのか?」 という判断基準。
    • すべてのマネジャーは、優れたチームメンバーが他社で良い機会を見つけられるように支援することができる。 例えば他社の人事やマネジャーに推薦するなど。

感想

「何か取り組みを行う際には明確な目的意識をもって行うこと」 ということが根底にあって良い。 ソフトウェア開発においても 『「世の中で流行っているから」 みたいな理由でライブラリを導入して、特に何も良くならない (そもそもライブラリを導入することで何を実現したいかという目的がない)』 というような現象があるが、おそらく人事制度・社内制度でも同様の現象が横行しがちなのだろう。 「ベストプラクティスだと言われている取り組みを行えばよい」 という考えに対するアンチテーゼとして 「業績にどう影響するかを考えて、不要な制度は廃止し、文化を形成すること」 が述べられてるのだろうなーという感じがした。

本書は 「業績への貢献」 を強く訴えているが、利益になるなら何をしてもいいというわけではなくて暗黙的に 「顧客や社会に対して良質なサービスを届けることが業績に繋がる (そういうビジネスモデルを組み立てている)」 ということを前提としているように思う。 高い業績をあげるためには、どの職種においても事業のモデルを理解して仕事に取り組む必要があり、それこそが人が仕事に求めていることである、ということが述べられている。 この観点はマネジメント系の本を読んでいるとしばしば忘れがちになるので、こうやって強く主張してくれるのはありがたい。

社内の制度を変えていくのは骨の折れる仕事ではあるけれど、しっかりとした目的があるからこそ着実に進めることができたのだろう。 NETFLIX で文化を作っていくときにどういう思想でやっていたのかということをまざまざと感じ取れるという点でもよい本だった。