一角獣は夜に啼く

ただの日記です。

思ってることとか考えたこととか適当に書きます。 まじめな話は 「ひだまりソケットは壊れない」 に書いています。

読んだ : きずなと思いやりが日本をダメにする

Wishlist に入れてたら誕生日プレゼントに貰った。 行動生態学、進化生物学者の長谷川眞理子さんと社会心理学者の山岸俊男さんの対談がもとになっている 『きずなと思いやりが日本をダメにする』。

「社会を変えるために心がまえを説くのは効果的な方法ではない」 (政治家が心がまえを説いているようではだめで、社会制度を変えることが効果的である) というような話から始まり、人間の脳が大きくなった理由として進化生物学の視点で 「社会を維持するために知性が必要だったから」 ということが語られる。 その後は人と社会の在り方について、いじめや差別、現代の日本社会といったテーマで語られる。

対談なせいかあまり話にまとまりがなかったり、研究の紹介があっても参照がない箇所もあったり、対談している 2 人の主観がやや入りすぎだと感じる部分も多くて、知識を得るにはやや不向きな書籍である。 一方で、読み物としては面白いし、様々な話が散らばっているので、気づきとして得られるものは多くある。

エドワード・L・デシ氏の 『人を伸ばす力 ― 内発と自律のすすめ』 (感想記事) やジリアン・テット氏の 『サイロ・エフェクト』 で出てくるような話を、進化生物学や社会心理学の視点から眺めることができたという点で、個人的には面白い書籍だった。

面白かった話

特に自分にとって興味深かった話をいくつか。

少子化問題・ヒトは共同繁殖の動物

動物の生涯における、自己投資・配偶者選択・子育ての 3 つに対するエネルギーのかけ方の割合を見ると、ヒトは他の動物に比べて子育てにかけるエネルギーが非常に高い。 ヒト以外の動物は、産みっぱなし、あるいは子育てをするのは親だけ、という形なのが基本だが、ヒトの子育ては親だけでは到底できない。 それなのになぜヒトが存続できているかというと、ヒトは共同繁殖を行っているからだ、という話。 すなわち、親以外も子育てに参加する、という。 具体的にはおばあさんだったり、社会の周りの人だったり。

グアテマラにはドゥーラという習慣がある。 ドゥーラというのは出産の際、産婦と一緒に居て、話しかけたり激励したりする役割の人らしい *1。 そのドゥーラが居る場合と居ない場合とでは、出産時の正常分娩の割合が全然違ったという調査結果があって、ドゥーラという人の存在が産婦に対して 「社会的なサポートがある」 ということを感じさせるのではないか (逆にドゥーラが居ないと 「社会的なサポートがないところでは産まない」 という生理的メカニズムが働くのではないか) という仮説が述べられていた。

社会脳仮説

サバンナで生き残るために、集団内で上手に生きていくための知恵が必要だったから脳が発達した、というのが社会脳仮説。 らしい。 同じ空間で、他者と協力し合って生きていくための知性である。 言葉についても、言葉を交わすのはグルーミング (サルの毛づくろい) と同じようなことで、集団を維持するためのものだ、というのを人類学者のロビン・ダンバーが言ってたとか。

ダンバーはダンバー数という仮説も提唱していて、霊長類の集団の大きさは脳の新皮質のサイズに比例していて、人間の場合は集団? 友達? の数としては 150 人ぐらいが上限ではないか、というのがダンバー数

人類進化の謎を解き明かす

人類進化の謎を解き明かす

心の理論 (Theory of mind)

『他の人が何かの行動をしたときに、その原因はその人の内面、つまり心にあると推定する心の働きのことを 「心の理論」』 と言うらしい。 「心」 って言うとそもそも心とは何なのか、みたいな気持ちになるのだけど、要は 「相手も自分と同じように感情があって、思考している」 と考えることができることが 「心の理論」 ってことなのかな、という解釈している。 これにより、他者の頭の中にも自分と同じように思考や観念 (心的表象) が存在していると認識し、他者と自分の頭の中の状態をすり合わせることができる。 そういうことができるからこそ、他の動物にはできない 「世界の状態を描写する」 ことができるのであろう、という風に語られている。

この心の理論により、他者に共感するとか心を読むといったことが可能で、このことが社会を形作ることを可能にしている。

裏切り者を探知する知性

人が社会を作って協力し合うようになると、当然ながら他人の善意にただ乗りする個体が利益を得るようになって、社会の残りの構成員が不利益を被るようになってしまう。 そういう人間を見つけるための知性も発達させてきたと考えられている。 論理学的な問題も、社会契約を守っているかどうかを調べるような表現になっていれば (表現が違うだけの同じ問題と比べて) 正答率がはるかに高くなる、という研究結果もある。 (ウェイソンの 4 枚カード問題。)

秩序問題と六種の道徳律

社会を形作るうえで、メンバーに規則をどう守らせるか、というのが重要な課題である。 このうち、個人の利益を優先すると規則を破ることになるような状況 *2 については 「秩序問題」 として考えられる。

人が生得的に内在している 6 つの道徳律 (<ケア/危害> <公正/欺瞞> <忠誠/背信> <権威/転覆> <神聖/堕落> <自由/抑圧>) は、この秩序問題を解消するために発達してきたものではないか、と述べられている。 さらに、本能的な道徳感情が本体で、理性的な判断は後付けである、みたいな話もある。 (ハイトの “The Emotional Dog and Its Rational Tail” (直感的な犬と理性的な尻尾)。)

具体的には、「殺菌消毒したゴキブリを茶こしでリンゴジュースに付けたとして、(衛生的には問題ないと理性的には理解していても) そのジュースを飲みたくないと思う人が多い」 とか、「(避妊しており、お互いの合意の下であったとしても) 兄妹でのセックスに対して忌避感情を抱く人が多い」 といった、ハイトの論文の内容が紹介されていた。 確かにゴキブリはちょっとなー、という気持ちはある。 ハエとかコガネムシとかそこらへんならいいんだけど、なんでゴキブリに対してあんな気持ちになるんだろうね。

これらの道徳律は序列を作ることにつながるもので、現代社会においては 7 つめの道徳律 <平等> が大事になってくるのではないか、ということも書かれていた。

差別と偏見

山岸さんの考えでは、「差別と偏見は分けて考えるべき。 一般的に 『差別は偏見から生まれる』 と考えられているが、差別の原因は偏見ではない」 とのこと。 これはもちろんそうで、必ずしもすべての差別が偏見によって起こっているわけではないはず。 一方で、偏見が原因の差別もあると私は思っていて、特に統計上は合理的であろうと考えられる選択が差別になっている、というような状況では偏見が原因になっていることが多いのではないか。 (例えば 「この人は○○で、隣人とトラブルを起こす可能性が高いから家を貸さない」 みたいなのは、統計上は合理的かもしれないけど個々の事象について見れば偏見であり、それが差別になっている、という状況だと思う。)

ドーパミンと好奇心

神経伝達物質ドーパミンの受容体のうち、「D4」 と呼ばれる受容体が新規性追求と関係しているらしい。 それでもって D4 受容体の精算を制御する DRD4 遺伝子の長さが長い人ほど新規性追求の傾向が強まるらしい。 日本人にはあまり長い人はおらず、アメリカの白人には長い人が多い、とか。

相互協調性と独立性

相互協調性、と言ったときに、「何かの問題について、前向きな意識でもって集団内で協力して物事を解決する」 というものもあるが、「波風を起こさないように行動する」 (いわゆる 「空気を読む」) という後ろ向きなものもある。 行動だけを見ているとなかなか見分けがつかない。

独立性についても同様に 2 種類、「ポジティブ・インディペンデンス」 と 「ネガティブ・インディペンデンス」 がある。 前者は積極的に他者と関わりつつも、自己主張をしっかりしていくというもの。 後者は他者との関わりに消極的であるというもの。

ちょっと軸は違うけど、『人を伸ばす力』 に書かれていた 「自律性と独立性は異なるものである」 という話に通じるものがある。

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

Twitter ログ





*1:産婦と初対面であることもあるらしい。

*2:規則としてはゴミ出しの日が決まっているけど前日から出しておけばその人にとっては楽だし特に罰則もない、みたいな状況。